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  Ryokono-Mori Tenko-Mori by Coda Sati
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■イタリア国旗
イタリア国旗
 イタリアの国旗の三色旗(トレ・コローリ)は、緑は美しい国土を、白はアルプスの雪、赤は愛国精神を表す。
 1796年フランス軍のイタリア遠征時にナポレオンがフランス三色旗の青を緑に変えてイタリア諸邦の統一旗にした。このトレコローリは、中央に王家サボイア家の紋章を置いて、1847年イタリア統一運動の中心サルデーニャ王国の旗として採用された。そして1946年イタリア共和制発足とともに紋章は取り除かれて現在に至っている。

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映画「ローマの休日」で有名なスペイン広場

イタリアと言えば
 イタリアと言えば、食いしん坊の幸には、パスタpasta、ピザpizza、リゾットrizotto、ジェラートgelato、チーズformaggio、それに、酒類は殆ど飲めませんがワインvinoが頭に浮かびます。
 食べ物の連想は少し横に置いておいて、昔中学校の歴史や美術の時間で偉大な古代ローマ帝国とルネッサンスについて学んだ事を思い起こしてみます。考えてみれば高校の世界史の勉強でもこのイタリアの二つの偉業については詳しく学んだと思いますが、かなり忘れてしまっています。そして現在の自由と民主主義国家であるイタリア共和国に至る経緯はどうなっているのでしょう。

 また、日本人にとって、イタリアのキーワードは何でしょうか。長靴の形をした陽気な国、地中海性気候、パルマやレッジョのセリエAのサッカーチーム、イタリア料理、イタリアンファッションとイタリアンデザイン、ミラノコレクション、フェラーリ、フェラガモ、キャンティ、ジノリ、オリーブオイル‥あれ、もう言えない。これでは話にならないので、えーっと、地名の入った映画のタイトルでは、『 ローマの休日(1953)ROMAN HOLIDAY 』 、『 踊れトスカーナ!(1996)IL CICLONE 』の二つしか思い出せません。

 イタリアを舞台にした映画やイタリアの町が出てくる映画では、『 ラ・マスケラ(1988)LA MASCHERA 』 、『 ロミオ&ジュリエット(1996)ROMEO + JULIET 』、『 リプリー(1999)THE TALENTED MR. RIPLEY 』、『 ベティ・サイズモア(2000)NURSE BETTY 』 、『 星降る夜のリストランテ(2000)LA CENA 』、『 息子の部屋(2001)LA STANZA DEL FIGLIO/THE SON'S ROOM 』、『 魅せられて(1996)STEALING BEAUTY 』、『 イングリッシュ・ペイシェント(1996)THE ENGLISH PATIENT 』 、『 ライフ・イズ・ビューティフル (1998) LA VITA E BELLA / LIFE IS BEAUTIFUL 』、『 真夏の夜の夢(1999)WILLIAM SHAKESPEARE'S A MIDSUMMER NIGHT'S DREAM 』、『 眺めのいい部屋 (1986) A ROOM WITH A VIEW 』、『 ハンニバル(2001)HANNIBAL 』など思い浮かびますが、調べてみればまだまだあるでしょう。

 しかし、それにしても、幸はイタリアについては先ほどのキーワードレベルでしか知りません。これでは、大好きなイタリアについては、歴史的に地理的にも殆ど何も知らないことになります。世界史や地理をもう一度勉強しなおしてみなけれければなりません。
イタリア写真集

イタリア バチカン市国 サンピエトロ寺院。クリックでバチカン市国へ進みます。
ヴァチカン市国 citta del vaticano

イタリア ヴェローナ ロミオとジュリエットの縁の地 ジュリエットの館。クリックでヴェローナへ進みます。
ヴェローナ ジュリエットの館 casa di Giulietta

イタリア フィレンツェのドゥオーモ。クリックでフィレンツェへ進みます。
フィレンツェのドゥオーモ Duomo
Santa Maria del Fiore


イタリア ミラノ マルペンサ空港。クリックでミラノへ進みます。
ミラノ・マルペンサ空港 Milano Malpensa

※トップの編集画像やこのテーブルの
写真は幸が撮影したものです。

 ここで、イタリアの国について少し学んだ事を書きます。イタリアの正式名は、イタリア共和国 Italian Republicで、「Italy/ITA」と表します。
 < Tutte le strade portano a Roma. 全ての道はローマに通じる>のように、ローマ時代以来、西洋文明の源でもあります。1861年、サルディニア王家出身のヴィットリオ・エマヌエレ2世を王とするイタリア王国が成立し、1870年近代統一国家を形成して都市国家が一つになりました。英仏に遅れて資本主義国となったイタリアは、1922年以後、ベニート・ムッソリーニを首領とするファシスト党が独裁政治を行い、1936年エチオピアを併合して以来帝国主義を進め、ドイツ・日本と三国同盟を結んで第二次大戦に参加するも敗退。敗戦後共和制として現在に至っています。

 イタリア首都はローマ
 イタリアの国土総面積は、301,278 平方キロメートルで日本の約 80 %。
 イタリアの地形は、長靴の形で有名なイタリア半島とシチリア、サルデーニャの2つの島から成りたっています。最北端はアルプス山脈の南峰に位置し、北部はポー川(約652キロ)の流れる広大な平野で構成される。また中南部はアペニン山脈を中心とした山岳と平野で起伏に富んだ地形です。
 イタリアの州は右の地図にあるように 20州です。番号で整理しています。
 イタリアの気候は、地中海性気候で全体的に温暖です。夏季は降雨量が少なく、晴れの日が続きます。湿度も高くなく過ごしやすい環境です。
 イタリアの言語は、イタリア語。ラテン語が起源。標準イタリア語は中部ウンブリア州のペルージャ(フランス語も中部のポワチエ)あたりとされていますが、方言やアクセントなど地方によって訛りがかなりあります。また国境に接した地域ではドイツ語やフランス語を話す所もあります。一部の南部にはギリシャ語、クロアチア語、アルバニア語を話す地方もあるそうです。
 イタリアの宗教は国民の約97%がカトリック教。その他、プロテスタント、ユダヤ教、イスラム教、仏教。
 イタリアの通貨はリラからユーロへ移行しましたが、通貨移行切り上げ便乗インフレ気味です。
 イタリアの人口は、公認ガイドさん曰く、5,700万人プラスアルファで、プラスアルファ分は移民やジプシーなど。外務省発表 5,784万人(2001年)。
 イタリアの経済については、南北問題が深刻で南の失業率は26%で、北の4%で何とか辻褄を合わせているらしい。
 イタリア人の平均所得は日本人の半分位なのに、物価は、日本と変わらないほど高く生活はガイドさんのセリフで「食ってチョン」。それでも夏のバカンスには貧富に関係なく1〜3ヶ月は休暇をとって楽しむらしい。これこそ人生を謳歌するラテン民族気性なのだそうです。

■イタリアの歴史
 それでは、もう少し詳しくイタリアの歴史を勉強します。

 イタリアは、地理的には古くから地中海に存在していましたが、イタリアに住む人々が、イタリアを統一的政治的国家として意識するようになるには、1789年のフランス革命以降だといわれています。確かに中世以来の文学者や少数の政治思想家の概念としてありましたが、 18 世紀以降の独立統一運動(リソルジメント Risorgimento)が始まりと言われています。イタリアを簡単に知るには、先ずローマ時代、中世キリスト教時代、ルネッサンス時代、イタリアの統一、ファシズムの台頭、レジスタンス運動と第二のリソルジメントの6項目について大急ぎで見てみましょう。

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【ローマ時代】

▼ローマ時代の簡単年表
紀元前8世紀 ロムルスが初代のローマ王となり、ローマ建国する(伝承)
紀元前509 ローマは王制から共和制となる
紀元前3世紀 ローマ、イタリア半島を制圧する
紀元前3〜2世紀 ポエニ戦争。シチリア島を奪取する
紀元前2世紀 マケドニア、ギリシアなど地中海を支配する
紀元前27 アウグストゥスのローマ帝政はじまる
64 ネロによるキリスト教徒の迫害
1世紀頃 イギリスからイラク、アフリカ北部までを支配する
380 キリスト教がローマ国教として認められる
395 ローマ帝国、東西に分裂する

 イタリアの原点は古代ローマにあります。古代ローマは英雄ロムルス(双子の兄弟の兄)が紀元前 753 年建国したという伝説があります。パラティーノの丘に出来た町ローマは、七つの丘を中心として興っていきます。紀元前 509 年に王政を廃止して共和制になり、紀元前 3 世紀ごろに北イタリアのエトルスク人と、南イタリアのギリシャの植民地を征服して全イタリア半島を支配します。 272 年ローマ共和国のイタリア統一です。その後地中海の西を支配していたカルタゴ人と 3 回にわたって行なったポエニ戦争に勝利して、イベリア半島、シチリア島、サルデーニャ島、北アフリカに領土を拡大します。

 帝政期のトラヤヌス帝(西暦 97 - 117 年)の頃は、東はメソポタミア、南はアフリカ北岸からエジプトに及ぶ大帝国を築きます。この時代にはギリシャ・ヘレニズム文化とともに、ローマ人の固有文化である法律制度、高度な建築・土木技術を各地に広め、文学、絵画、彫刻、史学を後世に伝えることになります。

 三頭政治 カエサル(シーザー)、アウグストス、ネロ、コンスタンチヌスなどの帝政が続く中、ネロの時代の61年ローマに大火が起こり、それを契機にキリスト教が迫害されます。250年頃には更に迫害を受けるにもかかわらずキリスト教が拡大し、313年コンスタンチヌス帝の勅令によって信仰が認められ、以後、多神教だったローマの信仰はキリスト教カトリックになります。その後次第にカトリックの影響は強まっていきます。

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【中世キリスト教時代】
▼中世キリスト教時代の簡単年表
476 西ローマ帝国滅びる
493 テオドリックが当時のイタリアに東ゴート帝国建国、首都はラヴェンナ
527 ユスチニアヌスがローマ皇帝となり東ローマ帝国が栄える
534 ローマ法大全ができる
553 東ゴート帝国滅亡、イタリアが東ローマ帝国領となる
774 フランク国王カール大帝イタリア王を兼ねる
800 フランク国王チャールズが西ローマ帝国の皇帝となる
962 神聖ローマ帝国成立(オットー1世が皇帝になる)イタリア占領
1054 キリスト教会が、ギリシャ・ローマ両教会に分裂する
11世紀後半ごろからローマ法王の権力が強まる
1096 第一回十字軍の遠征(〜1099)
1099 十字軍がエルサレム王国建国する
1270 第七回最後の十字軍遠征(〜1291)

 5世紀に入ると、肥大化したローマ帝国はさまざまな問題が生じ、北方からのゲルマン民族などの侵入によって476年分裂した西ローマ帝国は没落します。ローマ帝国没落後、侵入者はキリスト教に帰依し、西暦 800 年に法王レオ三世は、カール大帝に神聖ローマ帝国の冠を与えます。これによって、精神宗教の世界における支配者は教皇・法王で、俗世界は皇帝という二つの勢力図式に分けられます。962年にはドイツのオット−一世が戴冠、神聖ローマ帝国成立し、階級制度と身分制度を基盤として中世の封建制度が成り立っていきます。

 11世紀後半ごろからローマ法王の権力が強まります。ヨーロッパではキリスト教教皇が実権を握るにつれて、キリスト教世界対イスラム世界の対立が強まり、ついには1096年第一次十字軍の遠征が始まります。1099年十字軍がエルサレム王国建国するなど、1291年第七次十字軍遠征終了まで、約200年にわたり対立と武力抗争を続けます。

 この時代には、文化的には暗黒の時代と言われていますが、スコラ哲学やカトリック教会のロマネスク様式が挙げられます。アッシージにある聖フランチェスコ大聖堂は代表的で、ロマネスク様式特にロマネスク建築の教会の装飾物としての絵画や彫刻が貴重です。

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【ルネッサンス時代】
▼ルネッサンス時代の簡単年表
11世紀 イタリアの各都市、都市自治権を確立、共和国を形成する
15世紀頃 フィレンツェ、ミラノでルネッサンス全盛期を迎える
15世紀中頃 ヴェネチア、ミラノ、フィレンツェ、法王庁、ナポリの五大強国はオスマン・トルコに対抗し、同盟を結ぶ

 中世末期になると、かつての帝国時代のローマはヨーロッパ各国の実質的植民地支配下に置かれます。この影響でイタリアの各地方は独立国家に分割されることになります。14世紀になると、フィレンツェローマ、フェッラーラ、ヴェネチアなどの都市を中心としてルネッサンス(文芸復興=リナシメント Rinascimento)が起こります。ルネッサンスは絵画・彫刻・建築・文学などの芸術や思想両面で洗練され、脚光を浴び、15世紀頃にはフィレンツェ、ミラノでルネッサンスが全盛になります。

 ルネッサンス文化は、従来の騎士階級や貴族階級に取って代わって勢力を得てきた商人階級出身の君主や芸術の保護者であったカトリック法王の庇護のもとに、当時の多くの芸術的天才たちがその能力を大いに発揮します。絵画では、ボッティチェッリ、ラッファエッロ、レオナルド・ダ・ヴィンチなど。彫刻では、ドナテッロ、ヴェッロッキオ、ミケランジェロなど。建築は、ブルネレスキ、ブラマンテ、ミケランジェロなど。歴史家や政治思想家としては、マキャヴェッリ、グイッチャリディーニなどが有名です。

 自然と人間の発見といわれるイタリアのルネッサンスは、宗教にも及んでいきます。そして喜望峰回りの新航路や新大陸の発見に繋がりますが、皮肉にもこのルネッサンスの改革によって、イタリアは東西両世界の交通の中心でなくなり、やがてその重要性はポルトガル、スペイン、オランダ、イギリスの時代へと移っていくことになります。

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【イタリアの統一】
▼イタリアの統一の簡単年表
1798 ローマに共和制成立する
1805〜14 ナポレオン、イタリア国王となる
1815 ナポレオン失脚後、ウィーン会議で旧体制支配決定、オーストラリアの支配が始まる
1861 ヴィットリオ・エマヌエレ2世、統一イタリア王国を成立させる
1870 イタリア王国、ローマを併合する

 ルネッサンスは、政治的には、小都市国家が独立してお互いに勢力を競い合った時代でした。政治思想家のマキャヴェッリはこの政治的混乱の経験を踏まえて君主論を起草し、強力な君主によるイタリア統一の必要性を唱えました。1789年フランス革命が起こり、1802年ナポレオンのイタリア共和国の建設で、都市国家に分かれていたイタリアが統一に向けて動くようになります。これをリソルジメント(イタリア統一)運動といいます。

 ナポレオン体制の崩壊(1815年)後、1820年に先ずオーストリアの支配下にあった北部が独立の烽火を(のろし)を上げます。その後各地に独立運動が波及していきます。政治思想家マッツィーニが独立統一を呼びかけ、人々の心に自由独立の勇気が湧き、独立統一が加速します。そしてサルデーニャの国王だったヴィットリオ・エマヌエレ2世は、名宰相のカブールと武勇のガリバルディ将軍に助けられ、独立と統一を叫んで、先ず北イタリアのオーストリアを排除し、中北部のトスカーナ大公国を併合し、更にシチリア王国を1861年3月17日に統一して、最後に法王領のローマを制圧、ローマを首都に制定し、1870年9月20日イタリア王国を樹立します。

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【ファシズムの台頭】
▼ファシズムの台頭の簡単年表
1915 第一次世界大戦に参戦始まる
1922 ムッソリーニ率いるファシスト政権成立する
1929 ラテラーノ協定により、ヴァチカン市国成立する
1940 第二次世界大戦に参戦する
1943 ムッソリーニ失脚、連合軍に降伏する
1946 国民投票で王制廃止する
1948 イタリア共和国が誕生し、現在のイタリアに至る

 イタリアは、第一次大戦ではドイツ、オーストリアとの3国同盟から脱退して、連合国側に付き戦勝国となります。しかし、戦果に対する国民の不満と、経済・社会不安は拡大し、過激な社会主義運動が増大して革命の危機に直面します。そんな状況の中で全体主義を掲げるベニート・ムッソリーニがファシスト党を率いて、1922年政権を握ります。遂にはイタリア・ナショナリズムを強硬に貫くファシズム政権は、ドイツ、日本と同盟を締結し、枢軸国の絆を強めて第二次世界大戦に参戦します。。
 1939年ドイツがポーランドに侵入した後すぐにイタリアも参戦を決定。ユーゴ、ギリシャへ進軍しますが、軍事力が伴わず占領後奪回されます。1943年7月連合軍がシチリアに上陸すると、戦局は急にイタリアが不利になります。そして同月25日にはファシスト大評議会の裁決によってムッソリーニ不信任が大差で可決され、ムッソリーニは罷免、逮捕されます。

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【レジスタンス運動と第二のリソルジメント】
 ムッソリーニ失脚の数日後イタリア国王は戦争の終結を宣言、バドリオ新政権が樹立されます。一方捕らえられていたムッソリーニはドイツ特殊空挺部隊によって救出され、ヒトラーの後押しで北イタリアに再びファシスト政権によるイタリア社会主義共和国を樹立して連合軍と戦い続けます。1943年9月連合軍と休戦条約を結ぶと同時に、連合軍の支配下にあった南イタリアを除いて、イタリア全土はドイツ軍の管轄におかれます。
 そのため国王とバドリオ新政権は、南イタリアのブリンディシに逃れます。その結果イタリアは、北のムッソリーニ政権と南のパドリオ政権に二分されることになりました。

 連合軍との休戦を契機に、北イタリアではドイツ軍に対するパルチザンの抵抗運動が始まります。パルチザンとは確かフランス語だと思うのですが、パルチザンをEXCEED英和辞典で調べると、<par・ti・san ━ n., a. 徒党(の一人), 党派の; 党派心の強い(人), 偏見に満ちた; ゲリラ兵(の)>という意味があります。また、白水社の新仏和中辞典では同じような意味ですが、「guerre de partisans ゲリラ兵」という連語がありました。英語とフランス語でも同じ意味で同じ綴りです。要は民兵ゲリラってところですか。イタリア史におけるパルチザンとは、ローマをはじめドイツ軍が占領する各地で、秘密裏に結成された国民解放委員会のことです。イタリアの同胞に対し栄誉ある地位の回復のためナチスとファシズムへの抵抗運動を呼びかけるとともに、国民の組織的武力闘争を指導することがパルチザンの任務だったそうです。

 さて、1945年4月25日ようやく連合軍によってミラノが開放されてイタリア全土で戦闘が終結します。その3日後に逃亡中のムッソリーニはパルチザン部隊に逮捕され、ミラノで愛人とともに処刑されます。

 このように各地で展開されたパルチザンによる抵抗運動と闘争は、イタリア国民同士が互いに戦いあうという悲惨な結果をもたらしました。しかし、このレジスタンス運動は、イタリア国民がイタリア国人にとって、国民の自由意志による民主主義制度を確立するという啓蒙的な結果をももたらしたことになります。この意味で第二のリソルジメント Risorgimento ともよばれています。

以上。大急ぎでイタリアの歴史を見てきましたが、入力ミスや知識不足で大雑把なところもありますが、幸の俄か学習と、ご理解ご容赦下されば幸いです。(Text by Sati)

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イタリア年表
西暦 できごと
BC= 紀元前
1200 この頃、古代イタリア人、北方よりイタリア半島中部に移住
800 この頃、エトルリア人、恐らく小アジアよりイタリア半島北部に移住
753 ローマ建国。初代王ロムルスはサビニ王ティトゥス・タティウスと共同統治(伝承)4月21日記念日
509 ローマ共和制樹立
451 ローマ最古の成文法「十二法」制定される
  - 3〜2世紀にわたりポエニ戦争
272 ローマ共和国がイタリア半島統一
113 ゲルマン人侵攻
96 五賢皇時代(この頃よりゲルマン人の浸透はじまる)
60 第一次三頭政治
56 カエサル(シーザー)、ガリア征服
44 カエサル、ブルータスにより殺害される
43 第二次三頭政治
31 アクティウムの海戦(オクタヴィアヌスがアントニウスとクレオパトラの連合軍に勝利)
30 オクタヴィアヌス、エジプトを領有ローマの地中海を完全征服する
27 ローマ帝国の成立アウグストゥス(オクタヴィアヌス)が初代ローマ皇帝になり帝政が始まる
AD  
64 帝王ネロがキリスト教迫害
79 ヴェスヴィオ火山大噴火、ポンペイ埋没
96 五賢帝時代(〜180)ローマ帝国全盛時代。
この頃よりゲルマン人の浸透はじまる
166 ローマ帝国使者を後漢に送る
250 キリスト教徒に迫害続く
313 キリスト教公認
375 ゲルマン民族がフン族に追われ大移動を始める
392 キリスト教を国教とする
395 ローマ帝国東西に分裂
476 西ローマ帝国滅びる
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493 テオドリックが当時のイタリアに東ゴート帝国建国、首都はラヴェンナ
527 ユスチニアヌスがローマ皇帝となり東ローマ帝国が栄える
534 ローマ法大全ができる
553 東ゴート帝国滅亡、イタリアが東ローマ帝国領となる
673 東ローマで火薬が発明される
774 フランク国王カール大帝イタリア王を兼ねる
800 フランク国王チャールズが西ローマ帝国の皇帝となる
962 神聖ローマ帝国成立(オットー1世が皇帝になる)イタリア占領
1054 キリスト教会が、ギリシャ・ローマ両教会に分裂する
1088 ボローニャ大学創立
- 11世紀後半ごろからローマ法王の権力が強まる
1096 第一回十字軍の遠征(1099)
1099 十字軍がエルサレム王国建国する
1130 ノルマン王朝のシチリア王国成立
1226 アッシージのフランチェスコ死す
1270 第七回最後の十字軍遠征
1271 マルコ・ポーロの東方旅行(〜95)
1275 マルコ・ポーロが元に着く
1291 最後の十字軍遠征が終わる
1299 マルコ・ポーロの「東方見聞録」出版される
1321 ダンテの「神曲」イタリアで著す
- この頃ベネチアとフィレンツェ栄える
1347 ペスト流行、人口大減少(〜1350)
 - ボッカチオ「デカメロン」
1420 ブルネルスキ、フィレンツェ大聖堂建設始める
1425 ギベルティ、フィレンツェ大聖堂の洗礼堂扉の彫刻始める
1442 アラゴン王、南イタリアを統合、ナポリ王国建国
1477 ボッティチェッリ「春」制作
1497 レオナルド・ダ・ヴィンチ「最後の晩餐」制作
1453 オスマン・トルコ東ローマ帝国を滅ぼす
1469 ロレンツォ・デ・メディチがフィレンツェの元首になり、メディチ家が全盛する
1501 ミケランジェロ「ダビデ像」制作
1502 新大陸発見(コロンブス第4次航海で南米などに至る
1503 ミケランジェロ「モナリザ」制作
1508 ミケランジェロ、システィーナ礼拝堂の天井画制作
1518 ティツィア「聖母被昇天」制作
1521 イタリア戦争(〜1544)
1564 ミケランジェロ死ぬ
1583 ガリレオ・ガリレイが「振子の等時性」を発見する
1585 日本から伊東マンショら四人の大正遣欧使節が法王に謁見
1604 ガリレイが「落体の法則」を発見
1616 ガリレイが宗教裁判を受ける(〜1933)
1626 サンピエトロ寺院完成
1669 トルコがヴェネチア共和国からクレタ島を奪う
1737 メディチ家断絶する
1797 ナポレオンによる北イタリアにリブーリア共和国、チザルビーナ共和国成立
▲TOP
1798 ローマに共和制成立
1805 ナポレオン、イタリア国王となる(在位〜1814)
1809 法王領がフランス帝国に併合される
1814 ナポレオン1世退位
1815 ナポレオン失脚後、オーストラリアの支配が始まる
1816 ナポリ王国がシチリアを併合し両シチリア王国となる
1830 マッツィーニが「青年イタリア党」を結成
1839 鉄道敷設開始
1848 サルデーニャ王カルロ・アルベルトが自由主義的憲法を発布
第一回イタリア解放戦争勃発
1849 ローマ共和国樹立
1852 カヴールがサルディニア王国宰相に就任
1855 サルデーニャ王国、英仏側としてクリミア戦争へ参戦
1859 第二回イタリア解放戦争勃発
1860 サルディニア王国が中部イタリア諸州併合
1861 サルデーニャ王国ヴィットリオ・エマヌエーレ2世がイタリア王国建国(首都トリノ)
1865 トリノからフィレンツェへ遷都
1866 ヴェネト併合
1870 ローマ法王領を併合、イタリア統一がなる
1871 首都をローマに置く
1872 インターナショナル=イタリア連合結成
1878 国王ウンベルト1世即位
1890 エリトレア併合
1892 イタリア勤労者党(後の社会党)設立
1895 エチオピア侵攻、第一次エチオピア戦争(〜96)
1896 イタリア軍がアードアでエチオピア軍に敗北
アジス=アベバ条約締結
1897 下院選挙で社会党議員15名当選
1898 各地で暴動激化
1900 国王ウンベルト1世暗殺され、ヴィットリオ・エマヌエーレ三世即位
1911 オスマントルコに宣戦
1914 第一次世界大戦勃発
1915 イタリア参戦
1920 イストリア半島が帰属
1922 ムッソリーニのファシスト政権樹立される
1929 ラテラーノ契約締結によりバチカン市国成立
1934 ムッソリーニとヒトラーが会談
1935 エチオピアを侵略して、第二次エチオピア戦争(〜36)始まる
国際連盟がイタリア制裁を決議
1936 エチオピア併合、イタリア国王がエチオピア皇帝を兼任
1937 国際連盟脱退する
1938 ムッソリーニ訪独、日独防共協定へ参加
ローマ条約
1939 第二次世界大戦勃発
1939 独伊軍事同盟成立
1940 第二次世界大戦勃発
日独伊三国同盟
仏英に宣戦布告してイタリア参戦
1941 アメリカに宣戦布告
1943 連合軍がシチリアに上陸し、降伏する
ムッソリーニがサロにイタリア社会主義共和国樹立
米・英・中がカイロ宣言発表する
1944 米英軍シチリア上陸、イタリア王国降伏
1945 ムッソリーニ、愛人とともに処刑される
1946 ウンベルト2世即位
国民投票による王制廃止
1948 イタリア共和国誕生、現在のイタリアに至る

【参考資料】
※外務省ホームページ
  http://www.mofa.go.jp/mofaj/
  http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/italy/data.html
※CRONOLOGIA - 2000 ANNI DI STORIA
  http://www.cronologia.it/
※Locali Storici d'Italia - Historical Sites of Italy
  http://www.localistorici.it/
※世界大百科事典(平凡社)
※ビジュアル歴史(東京法令出版)
※ビジュアル世界史(東京法令出版)
※世界史年表(歴史学研究会/岩波書店)
※山川世界史総合図録(山川出版社)
※詳解世界史B(三省堂)
※NHKテレビ イタリア語会話(宮田哲郎/日本放送出版協会)
※イタリア人民の歴史 1,2(G.プロカッチ著, 斎藤泰弘, 豊下楢彦 翻訳/未来社)
※概説イタリア史(清水廣一郎、北原敦/有斐閣)
※塩野七生『ローマ人の物語』の旅 コンプリート・ガイドブック (塩野七生/新潮社)

Text by Sati Coda
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coda21「旅行の森てんこ森」幸田幸。
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ITALIA 地図
it イタリア20州の名称
1 Valle d'Aosta
ヴァッレ・ダオスタ
2 Piemonte (Piedmont)
ピエモンテ
3 Lombardia (Lombardy)
ロンバルディア
4 Trentino Alto Adige
トレンティーノ・アルト・アーディジェ
5 Veneto (Venetia)
ヴェネト
6 Friuli Venezia Giulia
フリウリ・ヴェネツィア・ジュリア
7 Liguria
リグーリア
8 Emilia Romagna
エミリア・ロマーニャ
9 Toscana (Tuscany)
トスカーナ
10 Lazio (Latium)
ラツィオ
11 Umbria
ウンブリア
12 Marche
マルケ
13 Abruzzo
アブルッツォ
14 Molise
モリーゼ
15 Campania
カンパニア
16 Basilicata
バジリカータ
17 Puglia (Apulia)
プーリア
18 Calabria
カラブリア
19 Sicilia (Sicily)
シチリア
20 Sardegna (Sardinia)
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